北の極地

ナース  北の極地 



 
 昆虫食について学んでいるとき、題の定かでない映画を観てはっとした。

 食べる苦労知らなくても、生きていられる。

 そう考えるのは、間違いだと感じた。

 自分だけは大丈夫、人が食べていないものをわざわざ自分は食べなくてよいと。

 その思い込みは、捨て去らなければならない。




 映写が始まって間際、3匹の犬を飼っている女主人が、2匹が見ている前で

 一匹の犬の首を裂いた。

 最果ての地、食を満たすために殺したに違いない。犬を殺した映像をカメラは

 捉えず、犬の足をじっと写す。

 この撮影のため、殺されたと思った。




 
 昆虫食に限らず食べ物は、初めて口にするものを
 
 自分が選んで食べられない。

 どこかで誰かが、食べていると信じて口に入れるものだと思う。

 共に食事をするのが、ふさわしい。野に生えているモノを食べるにそれなり勇気がいる。

 以前口にしたキノコと、いま手に入れたキノコが同じであるという思い込み。






 安全か、安全でないかは、最後の瞬間にならないと分からない。

 缶詰めを食べれば安全、という思い込みを改めるべき。

 大多数の人が食している食べ物は、安全が証明されているというのも、

 やはり間違いだと思う。

 映像を見ながらドキドキする場面があった、髪を梳くという心が

 なごむとき。梳かれる方が、体を預けておきながら殺されてしまう。

 


 
 この殺す行為は、食を満たすためのしょくざいだと思った。

 食の話から色への変化、女としてのセクシュアリティのこと。

 北という極地で、家族同様の者に対し嫉妬、性衝動が起きていた。

 食と性が、テーブルに並べられた感じ。




  

 生と死があいまいに語られると、愛と情事が頭を悩ませてくる。

 食糧が満たされた状況で、愛が生まれてきたのか。

 女2男1の家族が作られることはなかった、そのことの意味は深すぎる。




 映像に描かれなかったのが、

 生と死の間にある、加齢など老いのこと。

 食べ物で言えば、食べられない、腐敗などのこと。

 生で食べることの新鮮さが、描かれていた映画。



 




 イヌイット

 西洋の食が病気を生む、根源であると?