24時間  600円の食事

24時間  600円の食事




   寝る場所を考えた時、安眠を想定せず、明日の出発に合わせて

   今から何をしようとするか。

   看板のコピー注目したのが、12時間1900円のネットカフェ。




   
   夜の街を散策する気分がわかなかった。

   腹が減っても、食堂など外食をする気もしない。

   体調を整えるために、食事を制限する必要が・・・

   あると感じ始めた。




   人通りの多い街で腹周り大きな人が、自転車に乗っている。

   高齢者、オトコ、女、子供たち。

   誰もが、みんな食べ物に執着しているかのよう。

   でっぷり太っている。





   彼らに負けず、食い意地が張っていたが、旅に出ると

   家にいる時のように、便所がついて来ない。

   歳をとると、欲を抑える必要があるようだ。





   ネットカフェに入る前、薬局チェーンの安売りを覗く。

   カップめんとビスケット、甘いお菓子600円。

   12時間モツだろうか、わからない。





   パソコンを抱えてのネットカフェ、目的は、

   寒さしのぎと泊まり、それに映画鑑賞。

   使い方が拙いのか、映画の作品数の少なさ。





   映画館で観たかったという、作品がなかった。

   ネットカフェ業界もコストぎりぎりのところを選んでいるのか。

   ヨーロッパの作品は、皆無だった。





   朝の6時まで、眠たさはなかった。

   不満だったのは、テレビの画面が小さかったこと。

   カフェの入り口、トイレとシャワーがひとつ下の階だった。

   トイレに行くたび、眠気さが飛んでいく。





   カフェを出て、そのままバスに乗り、家へ帰り支度。

   食欲が湧かないのか、無駄な動きをしなかった。

   散策するでもなし、売店を見ようともしない。

   傘を持たない、恰好の旅。





   重いパソコンを担いで、動く限りそれなりに辛い。

   モノは、できる限り持ちたくなかった。

   人の欲というものは、限りないものだとつくづく思う。





   今おなかが空いているか、どうか問題なのに、

   後の数時間、明日の食事のことを、考えて物を買う。

   何をするにも、蓄えることが、行動の規範になってしまう。






   家に抱えている冷蔵庫、その中にいつ食べるともしれない食物。

   いつ読むかもしれない、書物が山のようにある。

   いつエネルギーを消費するか、わからないのに、太ったおなかを抱えて。

   明日どうなるかわからないのに、未来ではなく・・・・・

   数か月のために奔走しているかのようだ。






   数年経つと国も貧しくなって、体がすっきりするのでは。

   24時間過ごし、まだ600円の食料は食べつくしていなかった。