こどもたちの戦争

 現代を問う会



  子どもたちの戦争

 ☆ 学童疎開70年



 ☆ 学徒勤労動員とは、何だったのか。  





 学童疎開を経験した、神戸と大牟田の方を講師に

 お話を伺った。

 この回に参加した男女比は、8/2ぐらいでオトコ。

 講師も男性2人。




 新聞テレビの話でなく、身近な人の声が聴きたい。

 流れるような口調は、一般人からして期待をしてはいけない。

 少年時代のことを語るに、最も聞いて欲しいのは、当事者である

 少年少女なのだが、その対象者は登場しない。




 これが深刻な日本の、社会的現象だと思う。

 親族の、家族の、苦労話が伝わらない。

 この場で、やはり教育というカテゴリーでもって、話しが進められる。

 ジャンルで分けてものごとを解釈するのは、止めませんか。

 政治とか、政治家とか、官僚とか、教育者、メディア・マスコミとか。

 セクションを攻めて罵り合っても、自己責任を回避する意味しかありません。

 なぜ、このような歴史観を受けついできたのか、みんなで考えませんか。



 広島長崎の原爆被災者、福島原発の被災者たちの声。

 戦争で加わった軍人の声、アメリカ軍の空襲を受け焼けた被災者。

 空腹で、皮も種も虫も食べた。

 食糧に苦しめられる庶民、成長真っ盛りの子どもたち。

 なぜ、このような話が、若い人に伝わらなかったのか。

 なぜ、被災者は声を上げて、語ろうとはしなかったのか。





 閉じこもってしまったのか、引きこもってしまったのか。

 自分さえ我慢すればいいと思ったのか。

 何も知らない人から、さげすまれ差別されると感じたのか。

 世間を知らない、小さな子供たちでも「いじめ」を受けている、

 日本社会なのだから、古い時代の日本でも同じだったろう。





 講演者にお尋ねしました、今回のようなお話を息子や孫に語る

 機会があったでしょうかと。

 戦闘に加わった話、戦時中の話、そのことをすべて教育や

 書籍に委ねるのは、大きな間違いの元だと思います。

 もう伝える書籍、読んでもらえる時間、読み込める気力、

 理解する能力を日本人が持っているとは、確信できません。





 日本語が読める、日本人だという思い込みだけで、読み物として

 書き残すことで理解されるだろうと、考えるのは勝手です。

 OECDのなか、先進国として教育機関を充実して、

 それを69年国民に教えてきた結果が、現在です。

 経済的に恵まれてきた環境であった国なのです、しかし

 この惨状です。



 
 祖父母と孫が、家族として共通の暮らしができない。

 なにも経済的な都合だけでなく、それ以外の理由から共に

 生活することができなかった・・・社会。

 そこから、受けついできた経験をシェアすることなく、過ごして

 きたことが、大人になり「大きな壁」になってはいないでしょうか。

 祖父母と孫世代が、打ち解けあって話をする機会がなかった。

 そこに、これからのこの国の不幸の源が、隠れているように思います。





 もう食べ物をあさり、さまようような目に遭うことはありません。

 子どもを5人6人と、抱えた家族は、街ではありえない。

 養父、養子として、他人とかかわることができても、

 悩みを打ち明けるところまで、人を知らずに終わってしまう人生。

 人は、増えないんです。

 別々の人生、終わってしまうのです。