掟によって

掟によって  1926年  ロシア
PO ZAKONU
BY THE LAW


監督  レフ・クレショフ
出演  ウラジーミル・フォーゲリ
    セルゲイ・コマロフ
    アレクサンドラ・コフローヴァ    


自分にとって新しい発見を、興奮しました。
事の起こりは、鈴木勝さん(ギター)と飯山ゆい(ピアノ)による
生演奏付の映画だという興味から。

 
サイレント、80分。
生きるうえの情熱というのでしょうか、自分の個性を出し切って
映画に専心すること。
見栄とか、恰好とか、なりふりを構わない。


本来サイレントで映じられ、このときだけの生演奏なのか。
原版のフィルムに載せられている音楽と、生演奏の関連はあるのか。
いろいろ考えさせられた、視聴です。


犬と戯れ、湖(?)でハーモニカを楽しむシーンから始まる。
布製のバケツに水をためては、捨てる動作。
その2回ほどの動きに、悩む。
水をどうしたいのか、どこへ運びたいのか。
ここは、金の採掘をしているところ。


怒り笑う時に、しぜん口を開ける。
両目を開き、口を力強く、頬骨を張って怒る。
格闘シーンにつながる演技なのだから、感情を表すごとに怒りの数が増える。


現代でも犯罪の映像が流れるが、凶行前のシーンの、
犯罪者の「怒り顔」に強烈な印象を受ける。
1、2秒で終わるものを、まるでスチール写真を撮るかのように「間」をもたす。


役者みょうりに尽きる、自分が自分であることを表す、
とっておきの機会なのでしょう。
眼をむき、歯をみせる。
その時役者の「歯」の「並びや虫歯、すきま」が見えるのです。
いくらなんでも金歯は、見せられないでしょう。


その歯を見て、役者の社会的地位を見せられた思いです。
かつてあったと聞かされる、旅役者に近いもの。
生活の医療など、充分行き届いていない時代。
本人のせいもあるでしょうが、誰しも社会的に享受されていない、
役者も貧しかった時代だったんでしょうか。


その苦しかった時代に考え出した、金鉱探しの映画作り。
満足に食べられなかった時代に、思いついたテーマが金鉱。
映画に見られる、自然環境そのものさえ想像できない、
私にとって未知の国です、そして過去の国でした。


ビクトリア女王
聖書を持って、法の裁きを処する。
そういいながら、犯罪者を死刑にする。
裁判と言っては、法の名前を借りて人を殺す。
この聖書、人が亡くなっては持ち出しては唱え、
処刑するときには、手に聖書を持って首を吊る。


あっても、なくてもいいものではないか。
方便ではないか。