曖昧な関係と、知りたい・知らしめたい情報

マンションに住む者の為のネット・ワーキング
大規模改修に向けての、それぞれのマンション区分所有者の会合に参加する。
理事になった時、判断する材料として、他のマンションに比べ何が足りないか検討する。
どこに住み、どのマンション・メーカーのマンション・どこの管理業者に委託しているか、直接データーは出さない。

消費者情報からいって、品物を買うための情報としての<機能>は働かない。
これが、将来役に立つ情報として役に立つだろうか、この時代に流れていく必然性はあるだろうか疑問がわく。

ひとり暮らしのためのネット・ワーキング
孤独死尊厳死樹木葬、自然葬や墓の存在をあらためて考える集い。
まるでエンカウンター、悩みや相談言いたいことは何でも・・・。
住所や電話番号は、参加者同士互いに確かめ合った。
脚が動かなくなったら、どこに頼んだらいいだろうかともちあがる。
業者を紹介するだけでなく、金の受け渡しに終わらない、このグループの参加者が持ち寄って何かできないだろうかと、心持を打ち明ける。
それはやめたほうが良いと、その道の先輩が教えてくれた。
ひとりが一人の生活に近づくことで、新たな問題を起こすのだろうか?

FM79.7「難民ナウ!」「難民問題を天気予報のように」・・京都三条ラジオカフェ。
プラスヘッズのだいさんと提携。難民ナウ主催の<映画会>に参加する。
MIXIのマガジンからニュースをつかみ、当日メールで申し込み。
主催者の説明が加えられ、関西での先行上映と知る。
題は、「シング・フォー・ダルフール」。
ダルフールの話をしようよ、というテーマと解釈した。

映画を見ての帰り、感想のメッセージを<ビデオに撮りたい>というはなし。
映画を観たひとり一人カメラに向って、感想を述べる。
主催者は、映画をみての感想、アンケートを強く求めていた。

DVDと映画館の違いは、何だろうか?
映画館で、時間を共有し、何かを確かめ合うことではないか?
その映画が、演劇やドキュメンタリーであっても、感想を述べ合うのは無駄ではない。
映画を見た人は、アンケートを書く時間を惜しまなかった。
アンケートを書くぐらいだったら、貸切の部屋を使うのだから、観た人全員で感想を述べあって良かったのではないか?

「シング・フォー・ダルフール」を観た人に、遠慮する必要はない。
人の意見を聞くのに、恐れることなどない。

難民ナウでは、放送内容、事業に関しての詳しい説明もなし。
今回に限り<難民>についてのメッセージなどかたぐるしい話のない、特別な配慮をしたということです。

名前や素性を知らないままで、人との関係を良くしようと新しい情報を<その人から>集め掴もうとする。
人と深く接近しない、それでいて、つながり<関係性>を保つため苦労する。
私は、この社会に何がしたくて、なにができるのだろうか?
離れず近づかない、それで仲間に自律を勧めることだろうか?
どこに、< 個 >が、ある?